伊豆国一宮 三嶋大社


 伊豆国一宮は、JR三島駅南方位置する三嶋大社で、所在地は、 静岡県三島市大宮町二丁目1番5号である。祭神は、大山祇命 (おおやまつみのみこと)と積羽八重事代主神 (つみはやえことしろぬしのかみ)である。三嶋大社ホームページによると、
 『御創建の時期は不明ですが、古くより三島の地に御鎮座し、奈良・平安時代の古書にも記録が残ります。三嶋神は東海随一の神格と考えられ、平安時代中期「延喜の制」では、「名神大」に列格されました。社名・神名の「三嶋」は、地名ともなりました。』と記されている。
 2012年3月21日、富士宮市の富士山本宮浅間大社を参拝した後、普通列車で三島に向かい、三島には12時に着いた。三嶋大社の境内は、南北に約360mあり、入口は南側の県道22号沿いにあるため、三島駅からは遠くなっている。三島駅からの最短距離は、1kmである。三島駅から歩いて県道21号を南下し、更に三嶋大社の西側の細い道を通り左手に大社境内の樹木をみながら入口に向い、12:19に入口に着いた。旧社格は国幣大社だったためであろう、入口は立派であった。鳥居をくぐると真っ直ぐ総門まで参道が続いていた。参道の左右には、池があり左側の池には、厳島神社が祀ってあった。進んで行くと総門があり、総門を入ると左手に社務所があり、右手遠方に何かよくわからない建物が目に留まった。近づいてみると「芸能殿」となっており、「安政の東海大地震の復旧工事で時の神主矢田部式部盛治により慶応四年二月十一日に完成した旧総門で昭和五年の伊豆大地震後現在の総門が落成したため一時他に移したが戦後再建し一部改造の上芸能殿として保存している」と記してあった。現在の総門によく似ている。


大社入口

鳥居をくぐって参道を見る

参道左手の池 遠方に厳島神社

参道右手の池

総門

芸能殿

 参道を進んで神門に行き着いた。神門の左手に手水舎がありここに「祭神及び由緒」が記してあったので転記する。
『元の官幣大社で祭神は事代主命大山祇命であり、事代主命は古来から俗に恵比須様と唱えて福徳の神として商工業漁業の崇敬厚く又大山祇命は山林農産の守護神として農家の尊崇が厚い往古からここに御鎮座になり朝廷の崇敬厚く宮中八神殿に祀られて皇室の守護神として仰がれ延喜の制には名神大社に列せられ伊豆国の一宮正一位三嶋大明神として四辺の尊崇が厚い 明治四年官幣大社に列せられた名社である
源頼朝が伊豆蛭ヶ小島に流寓の際源家再興を祈願し覇業なるに及んで益々尊崇篤く報賽の為に社領神宝を献じ社殿の造営を行ったことは東鑑に明白である 爾来日本総鎮守と仰がれ鎌倉幕府を始め諸将の崇敬厚く東海道の要衝にあたって鎮座しているので中世以降は海道筋の名社として名高く又箱根の嶮を越ゆる者は必ず当社に参拝して道中安全の祈願を籠めたもので又地方の人々も福徳の神 商売繁盛 大魚満足 五穀豊穣の神 交通安全の守護神として大いに崇敬される』

 手水舎で手を清めて神門に入ると、正面に舞殿があり、舞殿の右手を通って奥へ行くと立派な拝殿があった。拝殿で参拝し左に回って本殿を拝見した。拝殿・幣殿・本殿は、慶応元年(1865年)建立で国の重要文化財に指定されている。


神門

舞殿

拝殿(国重文)

本殿(国重文)

 参拝が終わった後、境内のあちこちを拝見した。帰りは、来た道を通らないで、県道22号を西進し県道51号を通って三島駅に戻った。県道22号の歩道には、適度な間隔で花が独特な形できれいに飾ってあり印象に残った。


街頭の飾り花

街頭の飾り花

 三島駅に着いたときは、13時を少々過ぎた程度で、日立に帰るまで時間があったので、相模国一宮である寒川神社に参拝することしした。(2012/06/01)